相続コラム
2026/10/24 2026/10/23

不動産相続で揉めないための生前対策|遺言書作成と民事信託を弁護士が解説

実家や賃貸アパートが遺産の大半を占めるご家庭では、相続が始まってからできることは多くありません。不動産は物理的に分けられず、「いくらの価値なのか」も人によって見方が変わるためです。一方で、生前であれば打てる手はいくつもあります。

先に結論をお伝えします。不動産が中心の相続で揉めないための生前対策は、次の3つに整理できます。

  • 分け方を決めておく。遺言書で、誰がどの不動産を取得するかを指定しておきます。
  • 分けるための現金を用意しておく。遺留分は金銭を請求する権利に変わったため、多くを受け取る人が他の相続人に支払う現金が必要になります。
  • 判断能力を失う前に備えておく。認知症などで判断能力が失われると、ご本人は自宅を売ることも贈与することもできなくなり、ご家族が代わりに行うこともできません。

本記事では、この3つを軸に、遺言書の作り方と費用、遺留分、配偶者への配慮、生前贈与の税負担、民事信託、税の特例の要件を順に解説します。

なぜ不動産が中心だと、生前の準備が必要なのか?

結論:相続が始まってからでは、分け方の選択肢も、税の特例を使うための要件も、ほとんど動かせなくなるためです。

現金であれば1円単位で公平に分けられますが、実家を3人でそのまま分けることはできません。分けられないものを分けようとすると、多くの場合、誰か1人が取得して他の相続人に現金を払うか、売却して現金を分けるかのいずれかになります。共有のまま持ち続ける方法もありますが、問題を先送りすることになりがちです。どちらも、相続が始まってから相続人どうしで決めるには負担の大きい話です。

生前であれば、誰に何を渡すかをご自身で指定できます。不足する現金を準備しておくこともできますし、税の特例を使える状態を整えておくこともできます。相続が始まった後では整えられない要件があるという点が、生前対策の最も実務的な理由です。

あわせて読みたい:不動産の分け方そのものについては「相続した実家など不動産の分け方は?揉めない遺産分割と適正評価を弁護士が解説」で詳しく解説しています。

生前にできる対策には、どんな選択肢がある?

結論:主な選択肢は5つです。効力が生じる時期と、できることの範囲が異なります。

対策 できること 効力が生じる時期 主な費用 向くケース
自筆証書遺言 誰に何を渡すかを指定する 亡くなったとき 法務局に預ける場合は1通3,900円 費用を抑えたい
公正証書遺言 誰に何を渡すかを指定する 亡くなったとき 公証人手数料(財産の価額による) 無効や紛失のリスクを小さくしたい
生前贈与 今のうちに名義を移す 贈与したとき 登録免許税・不動産取得税・贈与税 渡す相手と時期が決まっている
民事信託 管理や処分を家族に託す 契約によるものは契約したとき 契約書の作成費用・登記費用 判断能力の低下に備えたい
任意後見契約 判断能力が低下した後の支援者を決めておく 判断能力が低下し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したとき 公正証書の作成費用 支援者をご自身で選びたい

この中で最も基本になるのが遺言書です。遺言書がなければ、遺産の分け方は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で決めることになり、1人でも反対すれば分け方が決まらず、不動産を特定の方の名義にすることも、売却することもできません(話合いがまとまらなければ、家庭裁判所の調停や審判で決めることになります)。

遺言書は自筆と公正証書のどちらがよい?

結論:費用を抑えるなら自筆証書遺言と法務局の保管制度、無効を争われるリスクを小さくしたいなら公正証書遺言です。不動産が中心で相続人が複数いる場合は、無効や紛失のリスクを小さくできる公正証書遺言が選ばれることが多くなります。

項目 自筆証書遺言(法務局の保管制度を利用) 公正証書遺言
作成する人 ご本人 公証人
本文の書き方 すべて手書き(財産目録はパソコン等で可) 口述した内容を公証人が文章にする
証人 不要 2名必要
費用 保管の申請が1通3,900円 公証人手数料(受け取る方ごとの財産の価額により3,000円から。遺言加算あり)
保管する場所 法務局(遺言書保管所) 公証役場
家庭裁判所の検認 不要 不要
手続きをする場所 住所地・本籍地・所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所 全国どこの公証役場でもよい
出張してもらえるか できない(ご本人が出向く必要がある) できる(手数料の加算あり)

自筆証書遺言は、どこまで手書きが必要か

2019年(平成31年)1月13日から、遺言書に添付する財産目録については自書が不要になりました。パソコンで作成した目録や、預貯金通帳のコピー、不動産の登記事項証明書のコピーを添付する方法が認められます。ただし、自書によらない財産目録には、すべてのページに署名と押印が必要です。

一方、遺言書の本文は、これまでどおり手書きで作成する必要があります。パソコンで作成した財産目録の余白に本文を手書きする方法は認められていません。

出典:法務省「相続に関するルールが大きく変わります」

出典:法務省「自筆証書遺言に関するルールが変わります。」

法務局の保管制度を使うと、何が変わるか

法務局が自筆証書遺言の原本を預かる制度です。自宅で保管した場合に起こりがちな、紛失、書き換え、発見されないままになる、といった事態を避けられます。

保管の申請ができるのは、遺言者の住所地・本籍地・所有する不動産の所在地のいずれかを管轄する遺言書保管所です。練馬区にお住まいの方、または練馬区内に不動産をお持ちの方は、東京都内の遺言書保管所で申請できます。なお、東京法務局練馬出張所は遺言書保管の事務を取り扱っていません。

手数料は、その後の保管年数に関係なく、申請時に遺言書1通につき3,900円です。申請の際は、ご本人が封をしていない遺言書を持参して出向く必要があります。

この制度を利用して保管された遺言書は、家庭裁判所の検認が不要です。自宅で保管していた自筆証書遺言を見つけた場合は検認が必要になりますので、この違いは手続きの早さに直結します。

通知の仕組みも用意されています。ご本人が希望しておくと、亡くなったことが確認された時点で、あらかじめ指定した方(3名まで)に遺言書が保管されている旨の通知が届きます。また、相続人のどなたか1人が遺言書の閲覧をしたり、遺言書情報証明書の交付を受けたりすると、他の相続人や受遺者・遺言執行者に、遺言書が保管されている旨の通知が届きます。

ひとつ注意が必要なのは、原本の閲覧と保管の申請の撤回は、預けた遺言書保管所でしかできない点です。2通目以降を追加で預ける場合も、同じ保管所に申請することになります。一方、遺言書保管事実証明書と遺言書情報証明書の交付請求、モニターによる閲覧は、全国312か所の遺言書保管所のどこでも手続きできます。

出典:法務省「遺言書保管制度 管轄/遺言書保管所一覧」

出典:法務省「遺言書保管制度 よくあるご質問」

出典:東京法務局「東京都内の遺言書保管所」

公正証書遺言の費用は、いくらかかるか

公正証書遺言は、公証人が内容を確認しながら作成します。証人2名の立会いが必要で、未成年者、推定相続人、遺贈を受ける方、これらの方の配偶者と直系血族は証人になれません。ご家族に頼めない場合は、公証役場に手配を依頼するか、弁護士が証人を務めることもできます。

手数料は、遺言で渡す財産の価額によって決まります。財産を受け取る方(相続人や遺贈を受ける方)ごとに、その方が受け取る財産の価額で手数料を計算し、それらを合計します。

目的の価額 手数料 備考
100万円超 200万円以下 7,000円
200万円超 500万円以下 13,000円
500万円超 1,000万円以下 20,000円
1,000万円超 3,000万円以下 26,000円
3,000万円超 5,000万円以下 33,000円
5,000万円超 1億円以下 49,000円
1億円超 3億円以下 49,000円に、超過額5,000万円ごとに15,000円を加算
(遺言の場合の加算) 13,000円 1通の遺言公正証書における目的価額の合計が1億円までの場合に加算

※主な区分の抜粋です。50万円以下から10億円超まで、価額に応じた区分が定められています。表の金額は、2025年(令和7年)10月1日に改定された後のものです。このほか、正本・謄本の交付手数料(紙の場合は用紙1枚につき300円)がかかります。

お体の具合で公証役場に出向けない場合は、公証人に出張してもらうこともできます。この場合、遺言加算を除いた手数料が1.5倍になり、これに日当(1日20,000円、4時間までは10,000円)と旅費の実費が加わります。また、2025年(令和7年)10月からは、ご本人からの申出があり、公証人が相当と認める場合には、ウェブ会議を利用して、公証役場に出向かずに公正証書遺言を作成することもできるようになりました。パソコンや電子サインのための機器が必要で、ご本人の確認や遺言をする意思の確認に支障があると判断された場合には、公証役場への出頭を求められます。

作成にあたっては、ご本人の本人確認資料(運転免許証・マイナンバーカードなど)、相続人との続柄がわかる戸籍謄本、不動産については登記事項証明書と固定資産評価証明書などが必要になります。

出典:日本公証人連合会「12 手数料」

出典:日本公証人連合会「02 遺言」

出典:日本公証人連合会「公正証書の作成手続がデジタル化されます!」

練馬区内には練馬公証役場があります。

名称 所在地 電話番号
練馬公証役場 〒176-0012 東京都練馬区豊玉北5-17-12 練馬駅前ビル3階 03-3991-4871

出典:日本公証人連合会「公証役場一覧(東京都)」

【弁護士×宅建士の視点】公正証書遺言の手数料は、渡す財産の価額で決まります。不動産については固定資産評価証明書が必要書類に挙げられていますので、ご自宅の評価額を先に確認しておくと、費用の見通しが立てやすくなります。また、出向けなくなってからの出張作成は手数料が1.5倍になりますので、お元気なうちに公証役場へ足を運ぶほうが、費用の面でも結果的に軽く済みます。

遺言書を書けば、それで揉めないのか?

結論:遺言書があっても、兄弟姉妹以外の相続人には遺留分があります。2019年(令和元年)7月1日からは、遺留分は金銭を請求する権利に変わりました。不動産を受け取る人が、他の相続人に支払う現金を用意できるかどうかが、生前対策の大きな論点になります。

遺留分とは、相続人に最低限保障される取り分です。割合は次のとおりで、兄弟姉妹には遺留分がありません。

相続人の組み合わせ 遺留分の割合(遺留分を算定するための財産の価額に対して)
直系尊属(父母や祖父母)のみが相続人である場合 3分の1
それ以外の場合(配偶者や子がいる場合) 2分の1
兄弟姉妹 なし

相続人が複数いる場合は、上の割合に各自の法定相続分を乗じた割合になります。

出典:e-Gov法令検索「民法」第1042条

2019年(令和元年)7月1日の改正により、遺留分を侵害された方は、侵害額に相当する金銭の請求ができることになりました。改正前は不動産そのものの持分を請求される仕組みだったため、遺言で1人に渡したはずの不動産が共有状態になってしまうことがありました。現在は、不動産の所有権は遺言のとおりに取得できる代わりに、金銭を支払う必要があります。

金銭をすぐに準備できない場合は、裁判所に対して支払期限の猶予を求めることができます。ただし、これは請求された後の対応であり、生前の備えの代わりにはなりません。

なお、遺留分を算定するための財産の価額には、生前贈与も含まれます。相続人に対する生前贈与は、原則として10年以内のもので、婚姻・養子縁組のためや生計の資本としてされたもの(特別受益に当たるもの)が対象です。第三者に対する生前贈与は、原則として1年以内のものが対象です。また、贈与する側と受ける側の双方が、遺留分を持つ相続人に損害を与えると知って行った贈与は、これより前のものでも対象になります。「生前に贈与して財産を減らしておけば遺留分を減らせる」という対策は、少なくとも10年の範囲では働きません。

出典:法務省「相続に関するルールが大きく変わります」

出典:e-Gov法令検索「民法」第1044条

あわせて読みたい:遺留分対策と代償資金の準備については「遺言だけでは不十分?遺留分対策と「代償資金」の準備(生命保険の活用)で“争族”を防ぐ」で詳しく解説します。

遺留分を支払う現金をどう用意するかは、ご家族の財産の構成によって答えが変わります。生命保険を使う方法、不動産の一部を生前に整理しておく方法、遺言書の内容そのものを調整する方法などがあり、どれが向くかは、お話を伺わないと判断できません。見通しだけでも知っておきたい、という段階でご相談いただいて構いません。

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配偶者に自宅を残すには、どうすればよい?

結論:配偶者居住権を使う方法と、婚姻期間が20年以上であれば生前に贈与しておく方法があります。

配偶者居住権(2020年〔令和2年〕4月1日から)

相続が始まったときに亡くなった方の所有する建物に住んでいた配偶者は、遺産分割でこの権利を取得すると、終身または一定の期間、その建物に無償で住み続けることができます。遺言で取得させることもできますが、その場合は、配偶者居住権を「遺贈する」と定める必要があるとされています(配偶者が、配偶者居住権だけを放棄できるようにするためです)。「相続させる」と書いた場合は、遺言全体の内容によっては取得させられないおそれがあります。

自宅の所有権を子に渡しながら、配偶者の住まいを確保できる点が特徴です。配偶者が取得するのは居住する権利だけになるため、そのぶん預貯金など他の遺産を多く受け取れる余地も生まれます。

固定資産税は、納税義務者は所有者ですが、通常の必要費として配偶者が負担し、所有者が配偶者に求償できると考えられています。

なお、遺産分割が終わるまでの間については、配偶者短期居住権という別の権利があり、配偶者は一定期間、無償で建物を使用できます。

出典:法務省「相続に関するルールが大きく変わります」

婚姻期間が20年以上の夫婦間の贈与(2019年〔令和元年〕7月1日から)

婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用の建物またはその敷地の遺贈や贈与があった場合、原則として、その分を遺産の先渡しとして計算する必要がなくなりました。結果として、配偶者が最終的に取得する財産が増えます。

法務省の説明では、相続人が配偶者と子2人、遺産が8,000万円で、これとは別に、配偶者へ自宅の持分2分の1(2,000万円)を生前に贈与していた場合、改正前の計算では配偶者の取得額が5,000万円であったものが、改正後は6,000万円になるとされています。

出典:法務省「相続に関するルールが大きく変わります」

税の面でも、贈与税の配偶者控除があります。婚姻期間が20年を過ぎた後に、居住用不動産またはその取得資金の贈与があった場合、贈与税の計算において、基礎控除110万円のほかに最高2,000万円まで控除できます。ただし、同じ配偶者からの贈与については、生涯に1回しか適用を受けられません。また、贈与を受けた年の翌年3月15日までにその住宅に住み、その後も住み続ける見込みであることが必要で、この特例を受けるには贈与税の申告をしなければなりません。

出典:国税庁「No.4452 夫婦の間で居住用の不動産を贈与したときの配偶者控除」

ただし、登録免許税(1,000分の20)と不動産取得税は、この特例を使った場合でもかかります。不動産取得税は相続による取得では課税されず、登録免許税も相続のほうが税率が低いため、生前に贈与するか相続を待つかを比べる際は、この点も含めて検討する必要があります。

出典:東京都主税局「不動産取得税」

出典:国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」

生前贈与で不動産を渡すのは有効か?

結論:効果はありますが、不動産の贈与は登録免許税と不動産取得税の負担が重く、相続で渡す場合と比べて費用が大きくなります。また、亡くなる前の一定期間の贈与は、相続税の計算に取り込まれます。

相続税の計算に加算される期間が延びました

暦年課税による贈与は、亡くなる前の一定期間に行われたものが相続税の課税価格に加算されます。この期間は、2024年(令和6年)1月1日以後の贈与について、3年以内から7年以内へ段階的に延長されます。

亡くなった日 加算の対象となる期間
2026年(令和8年)12月31日まで 相続開始前3年以内(亡くなった日から遡って3年前の日から、亡くなった日までの間)
2027年(令和9年)1月1日から2030年(令和12年)12月31日まで 2024年(令和6年)1月1日から、亡くなった日までの間
2031年(令和13年)1月1日以後 相続開始前7年以内(亡くなった日から遡って7年前の日から、亡くなった日までの間)

延長された4年間に受けた贈与については、総額100万円まで加算されません。

出典:国税庁「No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)」

出典:国税庁「令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」

相続時精算課税を選ぶ場合の注意点

相続時精算課税は、贈与をした年の1月1日に60歳以上の父母または祖父母から、同じく18歳以上の推定相続人または孫への贈与について選べる制度です。累計2,500万円までの特別控除があり、2024年(令和6年)1月1日以後の贈与については、これとは別に年110万円の基礎控除が設けられました。

最初の贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、相続時精算課税選択届出書を提出します。いったん選択すると、その贈与者からの贈与について暦年課税に戻すことはできません。

なお、相続時精算課税による贈与で取得した宅地等には、後で説明する小規模宅地等の特例を使うことができません。自宅の土地を相続時精算課税で贈与するかどうかは、この点も含めて検討する必要があります。

出典:国税庁「No.4103 相続時精算課税の選択」

出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例」

名義を動かすための税金

見落とされやすいのが、贈与税以外の税金です。不動産の名義を動かすと、登録免許税がかかります。相続による所有権の移転登記と、贈与による所有権の移転登記では、税率が5倍違います。さらに、贈与の場合は不動産取得税もかかります。

名義を動かす方法 登録免許税の税率 不動産取得税
相続 1,000分の4 課税されない
贈与 1,000分の20 課税される(土地と住宅は3パーセント、住宅以外の家屋は4パーセント。2027年〔令和9年〕3月31日までの取得)

たとえば、固定資産税評価額が2,000万円の宅地を贈与した場合、登録免許税は40万円です。不動産取得税は、2027年(令和9年)3月31日までに宅地等を取得した場合、課税標準額が価格の2分の1になりますので、2,000万円の2分の1である1,000万円に3パーセントを乗じた30万円となり、合わせて70万円の負担になります。同じ土地を相続で渡していれば、登録免許税の8万円だけで済み、不動産取得税はかかりません。

出典:国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」

出典:東京都主税局「不動産取得税」

【弁護士×宅建士の視点】不動産の生前贈与は、贈与税がかからない範囲で行っても、登録免許税と不動産取得税という別の負担が生じます。この2つは「名義を動かすための税金」で、相続で渡す場合は登録免許税が5分の1で済み、不動産取得税はかかりません。急ぐ事情がないのであれば、贈与よりも遺言のほうが費用は軽く済みます。贈与を選ぶのは、価額が今後上がる見込みがある、特定の相手に確実に渡しておきたい、といった理由があるときです。

あわせて読みたい:生前贈与が遺産分割でどのように計算されるかは「生前贈与(特別受益)は遺産分割でどう計算される?持ち戻し免除の意思表示」で解説します。

民事信託は、不動産対策として使えるか?

結論:判断能力が低下した後もご家族が不動産を管理・処分できるようにする手段として使われます。ただし万能ではなく、税務上の制約と、受託者となるご家族の負担があります。

信託とは、特定の方が一定の目的に従って財産の管理や処分を行う仕組みです。ご本人(委託者)が、信頼できるご家族(受託者)に不動産などの財産を託し、その利益を受ける方(受益者)を定めます。ご本人が亡くなったときに受益者となる方を指定しておく方法もあります。

出典:e-Gov法令検索「信託法」第2条

不動産について民事信託が検討されるのは、主に次の場面です。

  • ご本人の判断能力が低下した後も、受託者となったご家族が、信託した不動産を管理・処分できるようにしておきたい場合
  • 賃貸不動産の管理を、ご本人が元気なうちから次の世代に引き継いでいきたい場合

一方で、次の点に注意が必要です。

信託した賃貸不動産の赤字は、他の所得と相殺できない

信託財産である不動産から生じた不動産所得に損失が出ても、その損失は他の黒字の所得から差し引く損益通算の対象になりません。また、その損失は税務上なかったものとみなされるため、信託していない不動産の黒字とも差し引くことができません。大規模な修繕を予定している賃貸物件を信託する場合は、税負担への影響をあらかじめ試算しておく必要があります。

出典:国税庁「No.1391 不動産所得が赤字のときの他の所得との通算」

信託を使っても、遺留分の制度がなくなるわけではない

「信託にすれば遺留分を請求されない」という説明を見かけることがありますが、信託を使っても遺留分の問題はなくなりません。遺留分に関する民法の規定は、信託を使った場合にも適用されると考えられています。裁判例でも、遺留分制度を潜脱する意図で信託を利用した部分を公序良俗に反して無効とし、信託によって取得した受益権を、当時の遺留分減殺請求の対象として扱ったものがあります(東京地方裁判所平成30年(2018年)9月12日判決)。もっとも、遺留分の対象を信託財産とみるか受益権とみるか、その価額をどう評価するか、誰に請求するかといった点は、まだ考え方が固まっていません。遺留分を請求された場合に支払う現金の用意も含めて、遺留分に配慮した設計が必要です。

信託の登記に登録免許税がかかる

不動産を信託すると、信託の登記をすることになり、登録免許税がかかります。税率は不動産の価額に対して0.4パーセントですが、土地については0.3パーセントに軽減されています。この軽減措置の適用期限は2029年(令和11年)3月31日までで、2026年度(令和8年度)の税制改正で3年延長されました。

出典:国税庁「登録免許税の税率の軽減措置に関するお知らせ」

受託者となるご家族の負担が続く

受託者は、託された財産を自分の財産と分けて管理し、長期にわたって管理を続ける立場になります。信託の設定には、契約書の作成と、上記の登記の費用がかかります。誰に託すのか、その方が負担を続けられるのかを、組成の前に家族で話し合っておく必要があります。

あわせて読みたい:民事信託の仕組みは「不動産の「民事信託」とは?認知症による実家凍結(売却不可)を防ぐ仕組み」で詳しく解説します。

認知症になると、自宅はどうなる?

結論:判断能力を失うと、ご本人は自宅の売却も賃貸も贈与もできなくなり、ご家族が代わりに行うこともできません。家庭裁判所が成年後見人を選任すれば売却はできますが、自宅の売却には家庭裁判所の許可が必要で、贈与のような相続対策は原則としてできなくなります。施設の入居費用を自宅の売却で用意する計画は、判断能力があるうちに手を打っておかないと、思うように進められなくなります。

不動産の売買契約も賃貸借契約も、当事者に判断能力があることが前提です。ご本人の判断能力が失われると、ご家族が代わりに契約することはできません。この状態が「自宅が凍結される」と表現されます。

備え方 いつから効力が生じるか 自宅の売却
何もしない — 判断能力を失うと売却できない
法定後見(判断能力が低下した後に、家庭裁判所に申し立てる) 家庭裁判所が後見人等を選任したとき 後見人が行うが、居住用不動産の処分には家庭裁判所の許可が必要
任意後見契約(お元気なうちに結んでおく) 家庭裁判所が任意後見監督人を選任したとき 任意後見人が行う
民事信託(お元気なうちに契約する) 契約したとき(契約で別の時期を定めることもできる) 受託者が信託の目的の範囲で行う

法定後見では、後見人が本人の居住用不動産を処分する場合、家庭裁判所の許可が必要です。許可を得ないで処分をした場合、その処分は無効になります。許可の申立てにあたっては、処分の必要性を示す資料として、契約書の写し、評価証明書、売却する場合は不動産業者の査定書などを求められます。「施設の費用が足りないから自宅を売る」という場合でも、その必要性や売却価格の相当性を資料で示す必要があります。

出典:裁判所「居住用不動産処分許可」

任意後見契約は、支援してくれる方をご自身で選んでおける点が法定後見と異なります。任意後見契約は公正証書によって契約する必要があり、その効力は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときから生じます。契約を結んだだけでは効力は生じず、判断能力が不十分になった段階で、監督人の選任を家庭裁判所に申し立てることになります。

出典:法務省「成年後見制度・成年後見登記制度」

なお、成年後見制度は、2026年(令和8年)6月に公布された改正法により見直されることが決まっています(後述)。上の表と説明は、現行の制度に基づくものです。

任意後見契約も民事信託も、ご本人に判断能力があることが前提です。判断能力に不安が出てきてからでは、選べる手段が法定後見に限られていきます。「まだ大丈夫だと思うが、念のため」という段階が、最も選択肢の多い状態です。

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税の特例を使うために、生前にしておくことは?

結論:小規模宅地等の特例は、相続が始まってからでは要件を整えられません。同居の仕方や、賃貸を始める時期が結論を左右します。

小規模宅地等の特例は、亡くなった方が居住や貸付けに使っていた宅地等について、相続税の計算上の評価額を下げる制度です。不動産が遺産の大半を占めるご家庭では、この特例を使えるかどうかで相続税額が大きく変わります。

区分 限度面積 減額割合 生前に整えておくべき主な点
特定居住用宅地等 330平方メートル 80パーセント 配偶者が取得する場合は取得者ごとの要件なし。同居していた親族が取得する場合は、相続開始の直前から申告期限まで引き続きその建物に居住し、かつ相続開始の時から申告期限まで宅地等を保有すること
貸付事業用宅地等 200平方メートル 50パーセント 申告期限までに貸付事業を引き継ぎ、申告期限まで貸付事業を行い、かつ相続開始の時から申告期限まで宅地等を保有すること

とくに注意が必要なのが、相続開始前3年以内に新たに貸付けを始めた宅地等は、原則として貸付事業用宅地等から除かれる点です。相続税対策として直前にアパートを建てても、この特例は使えません。ただし、亡くなる日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業を行っていた場合は、この除外の対象になりません。

また、この特例は、原則として相続税の申告期限までに遺産分割がまとまっていることが前提で、適用を受けるには、遺産分割協議書の写しなどを添付して相続税の申告をする必要があります。遺言書で、自宅や賃貸物件を誰が取得するかを決めておくことは、この点でも意味があります。なお、前述のとおり、相続時精算課税による贈与で取得した宅地等には、この特例は使えません。

出典:国税庁「No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例」

相続後に備えて、今のうちに確認しておくことは?

結論:ご自身名義の不動産の棚卸しと、登記の整理です。登記に関する義務は、2024年(令和6年)以降、相次いで設けられています。

制度 期限 内容
相続登記の申請義務 取得を知った日から3年以内。2024年(令和6年)3月31日以前の相続は原則2027年(令和9年)3月31日まで 正当な理由なく申請しないと10万円以下の過料の対象。遺産分割がまとまらない場合は相続人申告登記で義務を果たせる
住所等の変更登記の申請義務 変更の日から2年以内。2026年(令和8年)3月31日以前の変更は2028年(令和10年)3月31日まで 2026年(令和8年)4月1日から義務化。正当な理由なく怠ると5万円以下の過料の対象
所有不動産記録証明制度 期限はない 2026年(令和8年)2月2日から。ご自身が所有権の登記名義人となっている不動産を一覧にした証明書の交付を請求できる。全国の法務局で請求でき、手数料は書面請求で1通1,600円(オンライン請求は1,470円または1,500円)
相続土地国庫帰属制度 期限はない 要らない土地を国に引き取ってもらう制度。建物がある土地などは対象外。負担金は一筆の土地ごとに20万円が基本

ご自身の生前対策としては、まず所有不動産記録証明制度を使って名義の棚卸しをしておくと、遺言書に書き漏らす不動産を減らせます。先代から引き継いだ地方の土地や、私道の共有持分など、ご家族も把握していない不動産が見つかることがあります。ただし、検索は登記記録上の氏名・住所で行うため、住所変更の登記をしていない不動産は抽出されないことがあります。また、先代の名義のままになっている土地は、ご自身の名義では抽出されませんので、相続人として先代の名義で請求する必要があります。

出典:法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」

出典:法務省「住所等変更登記の義務化について」

出典:法務省「所有不動産記録証明制度について」

出典:法務省「相続土地国庫帰属制度について」

あわせて読みたい:期限の全体像は「相続の期限はいつまで?登記義務化・10年ルール等の一覧と罰則を弁護士が解説」、手続き先は「練馬区の相続手続き先一覧表|東京家庭裁判所・法務局等の管轄を弁護士が解説」で解説しています。

2026年(令和8年)の法改正で、遺言と成年後見のルールが変わります。今から何をすべきか?

結論:2026年(令和8年)6月に法律が公布され、遺言の押印が任意になることや、パソコン等で作成する新しい方式が設けられることが決まりました。ただし、施行日はまだ決まっておらず、2026年(令和8年)10月時点では利用できません。今、遺言書を作るのであれば、これまでに説明した現在の方式によることになります。同じ法律で成年後見制度も見直されましたが、こちらも施行日は決まっていません。

2026年(令和8年)6月24日、民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)が公布されました。遺言制度については、次のような内容が盛り込まれています。

  • 遺言の押印を任意とすること
  • パソコン等で作成したデータやそのプリントアウトを法務局に提出し、ご本人が全文を口述したうえで法務局が保管する、新しい方式の遺言(保管証書遺言)を設けること
  • 遺言書保管制度において、オンラインによる保管の申請を可能とすること
  • 公正証書遺言などの証人になれない人に、遺贈を受ける方の従業員(遺贈を受けるのが法人の場合は、その従業員や役員)を加えること

施行日は「公布から1年(システムの改修を要するものは3年)を超えない範囲で政令で定める日」とされています。パソコンで作成する方式やオンライン申請は、公布から3年以内とされている項目にあたります。

同じ法律で、成年後見制度も見直されました。後見と保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化し、ご本人に必要な範囲で代理権などを付与して利用する仕組みに改めるほか、必要がなくなれば利用を終えられるようにすること、任意後見について、任意後見監督人を選任せずに家庭裁判所が直接監督できる場合を設けることなどが盛り込まれています。こちらの施行日は「公布から2年6月を超えない範囲で政令で定める日」とされ、2026年(令和8年)10月時点で施行日は決まっていません。前述の法定後見・任意後見の説明は、現行の制度に基づくものです。

出典:法務省「民法等の一部を改正する法律の概要」

出典:法務省「「民法等の一部を改正する法律」(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」

出典:法務省民事局「成年後見制度に関する制度改正の状況について」(2026年(令和8年)7月)

この改正を待つべきかと思われる方もいらっしゃいますが、待つ理由にはなりません。理由は2つあります。

  • 施行日が決まっていないため、いつから使えるかがわからないこと
  • 遺言書は何度でも書き直せるため、今の方式で作っておき、新しい方式が使えるようになってから必要に応じて作り直せばよいこと

むしろ、先代から相続した不動産の相続登記(2024年(令和6年)3月31日以前の相続は、原則2027年(令和9年)3月31日まで)のように、今動かなければ間に合わない事柄のほうが先です。

相談の進め方と費用は?

結論:初回のご相談では、ご家族の状況と不動産の内容を伺い、取るべき手段の優先順位をお示しします。遺言書を作ること自体が目的ではなく、何を避けたいのかによって手段が変わります。

資料がそろっていない段階でも、ご家族の状況を伺うところから始められます。何から手を付けるべきかがわからない、という状態でお越しいただいて構いません。

なお、固定資産税の納税通知書(課税明細)、登記事項証明書、賃貸している場合は契約書など、お手元にある資料をお持ちいただけると、より具体的なご案内ができます。

費用は、案件の内容をお伺いしたうえで、面談時に見積もりと計算方法を明確にお伝えします。着手前に費用の見通しをご理解いただいてからご依頼いただけるため、安心してご相談ください(当事務所では無料相談は行っておりません。ご相談は60分ごと税込11,000円でお受けしています)。

よくあるご質問(FAQ)

Q. 自筆証書遺言は、全部を手書きしなければいけませんか?

A. 本文は手書きが必要です。財産目録については、2019年(平成31年)1月13日から自書が不要になり、パソコンで作成した目録や通帳のコピー、登記事項証明書のコピーを添付できます。ただし、自書によらない財産目録には、すべてのページに署名と押印が必要です。

Q. 法務局に預けた遺言書も、家庭裁判所の検認が必要ですか?

A. 不要です。法務局の保管制度を利用して保管された自筆証書遺言は、検認の手続きが不要です。一方、ご自宅などで保管していた自筆証書遺言が見つかった場合は、検認が必要です。

Q. 練馬区に住んでいます。遺言書の保管はどこに申請できますか?

A. 遺言者の住所地・本籍地・所有する不動産の所在地のいずれかを管轄する遺言書保管所に申請します。東京法務局練馬出張所は遺言書保管の事務を取り扱っていませんので、東京都内の他の遺言書保管所をご利用ください。なお、保管後の原本の閲覧や撤回は、預けた保管所でしかできません。

Q. 公正証書遺言の費用はいくらですか?

A. 財産を受け取る方ごとに、その方が受け取る財産の価額で手数料を計算し、合計します。たとえば、お子さん1人に2,000万円の財産を渡す遺言であれば、手数料26,000円に、遺言加算13,000円(財産の合計額が1億円以下の場合)を加えた39,000円です。お子さん2人に3,000万円ずつ渡す場合は、26,000円の2人分に遺言加算13,000円を加えた65,000円になります。このほか、正本・謄本の交付手数料がかかります。公証人に出張してもらう場合は、遺言加算を除いた手数料が1.5倍になり、日当と旅費が加わります。

Q. 兄弟姉妹に遺留分はありますか?

A. ありません。遺留分が認められるのは、兄弟姉妹以外の相続人です。したがって、お子さんがいないご夫婦で、ご両親など直系尊属もすでに亡くなっている場合は、遺言書を書いておけば、配偶者にすべての財産を残すことができます(ご両親がご健在の場合は、ご両親に遺留分があります)。遺言書がなければ、配偶者は、亡くなった方のご兄弟(亡くなっている場合はその子である甥姪)と遺産分割協議をすることになりますので、この場合の遺言書の効果は大きいといえます。

Q. 相続時精算課税を選んだ後に、暦年課税に戻せますか?

A. 戻せません。いったん相続時精算課税を選択すると、その贈与者からの贈与については、その後すべてこの制度が適用されます。選ぶ前に、将来の贈与の予定まで含めて検討する必要があります。

Q. 相談は無料ですか?

A. 当事務所では無料相談は行っておりません。初回から60分ごとに税込11,000円でお受けし、費用は計算方法を含めて面談時に明確にお伝えします。

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この記事の監修者

家村 邦雄(いえむら くにお)/石神井法律事務所 弁護士(東京弁護士会)・宅地建物取引士

東京都練馬区・石神井公園駅徒歩3分の事務所で相続を中心に取り扱う。弁護士と宅地建物取引士の両資格を持ち、不動産が絡む相続の「評価・分割・名義変更・売却の段取り」まで、法律面から一貫してサポートできるのが強み。難しい手続きをわかりやすく説明し、依頼者が納得して進められることを大切にしている。

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